養老田川・四条川合流点 2008/05/26

国土地理院 航空写真 整理番号 CKK-74-15 地図番号NI53-14-6 撮影コ−スC7 写真番号10の一部を切り取り画像処理を施した。
原 図はこちら

この日私は、とある用事のため、早朝より出ていた。
そして、帰り道にふと養老田川のことを思い出したのである。
・・・そう言えば、先日入手した大量の古地図と米軍撮影の航空写真複写とを精査していると面白いことが分かってきた。
昭和21年、米軍撮影の航空写真からはまだ地上を流れ続ける四条川の姿がありありと写っている。
その流れは西院乾町(いぬいちょう)辺りでまだ拡張されていない四条通の下より姿を見せて西に向かって流れ、養老田川に合わさり更に西流。
西院四条畑町と西院安塚町の間あたりで、安塚町に向かって流れ出し、最終的には西院清水町辺りで天神川旧流路に合わさる。
・・・この天神川旧流路も、相当にひねくれていた河川だった。
だって、この河川は立体交差していたり、天井川だったりと凄い顔を持っているから。
立体交差は三条通り、西ノ京桑原町と西院上花田町の間にあった。
西高瀬川が、天神川の下をトンネルで抜けていったと言う記録があった。
さらにその直後に天神川旧流路は西に向かって屈曲し、三条通を西小路辺りで更に南に向かって屈曲。
更に四条川もおそらくトンネルで天神川旧流路を抜けていたものと思われる。
場所は現在で言うと西小路四条交差点辺り、ここに天神川旧流路の河床部が現在も道路として使われている。

そして四条川は現在の四条中学西で養老田川と合わさり西へと流れていた。
昭和21年当時、既に四条通以南の養老田川の流路が完成しているのが見て取れる。
・・・と言うか、そんなに早く完成していたのか!?、養老田川の下流部は?。
養老田川下流部に架かる橋、その殆どの竣工日時は昭和30年代を指している。
河川を先に整備しなければならない理由・・・やはり京都大水害に端を発した河 川改修の一環であろうか?。
 いや、そう考えると、実によくつじつまが合う。
天神川現流路が造られたのが昭和10年〜19年にかけて。
大水害を契機に御室川と合わせ桂川へと流れるよう、現在の流路が造られた。
そして、下流域のこの辺りでも、新しい河道にあわせ、洪水対策の一環として養老田川や四条川、そして、近辺からの水を排水できるように河川を造った。
だからこそ昭和21年の段階で既に河川が存在していた。
天神川河川改修工事の一環として造られたのがこの養老田川下流部・・・。
 深読みのしすぎではあろうか?。
けど、あながち間違っていないと思う。
四条川も西院より東側は昭和の初期、地下鉄工事の際に消えたと言われているが、西院より西側、現在の西大路四条より西は昭和21年度ではまだ存在してい る。
航空写真からは、はっきりと橋が架かっているのが見て取れる。
昭和27年度になると西院乾町まで四条通が拡張されて、そこから以西には四条川の姿が地図上には書かれている。
この一帯の宅地開発が為されたのが、昭和30年前後であったと言うことであるから、宅地開発と共に四条川も消えていったのだろう。
 そして現在、地図上に残っているのは養老田川のみである。
でも・・・見つけちゃったのよ。
暗渠になった・・・四条川を

場所は養老田川の暗渠化が為された西院小米町。
この場所にも幾度か来ているが、その途中で気になっていた場所があった。
もうお馴染みになりつつある養老田川の暗渠化部分。
最近の動きとしては山之内赤山町の養老田川沿いに新たに公園が造られるようで、その場所が更地になったことだろうか。

ナニカアル・・・
相変わらずな風景で、ずっと感じていた違和感。
あの橋の下・・・・何・・・?。
・・・・行くっきゃないでしょ(涙)

幸い足がかりが豊富にある護岸であるので、降りることには苦労しない。
だが、いつも調べよう調べようと思って実行に移せなかったのは、その人通りの多さにある(汗)。
だって、しょっちゅう何らかの通行があるから、河床に降りられないのよ〜(涙)
降りたら、確実にじろじろと見られるであろうし・・・。

河床から見る暗渠と明渠の境目。
・・・違和感ありまくりある。
河川に現れる白亜の壁・・・と言ったところか。
つい3ヶ月前まではこの先もず−っと見通せていたのだが・・・もはや見通すことは叶わない。
さて、本題に入ろう。橋の下に見えていたもの・・・・。

ずっと違和感をい感じていたものの正体・・・と言うか、こんな所まで落書きするなよ〜、いきなりテンション下がるじゃん・・・

それがこれである。
かつてこの場所を流れていた四条川、そして、その流路にぴたりと符合する場所に口を開けた暗渠・・・・例によって結構な水音。
そしてちょっぴりえぎぞぢっく異臭・・・
と言うか臭い−−− Σ(((・ω・lll)ノ
なに、この鼻を突く、ちょっぴりどころじゃない臭いは!?
これならまだ太田川の暗渠の方が・・・いい臭いだったよ ヽ(`ε´#)ノ
とにかく、ぐぁんぐぁんと鼻につく塩素臭が穴の方から、生暖かい空気と共に流れ出てきている。

この暗渠こそおそらく地下にもぐった四条川なのであろう。
河川の跡を埋め立ててから、再びそこに暗渠を通したりと言うことは、効率の面から言ってもそぐわない。
それに、航空写真の位置と、この暗渠の向きと口の方角が完全に一致している。
しかし・・・・何とかならないの、この臭いは Orz
とにかく臭い。
さすがに暗渠方向からは水が流れ出てきているので・・・普段着と、普通の靴では入れない。
と言うか長靴で来たって、この穴は勘弁してください。
下手すれば、この臭いで倒れちゃいそう。
今までで一番危険な暗渠であったことには間違いありまあせん(物理的に)

河床から見る養老田川下流部。
かつてこのような護岸はなく、普通の石組み護岸だったのだろうか?。
いつ頃このような護岸が施工されたのか?。
謎は尽きない。
・・・何か、規則性を持った芸術のように見えるけど・・・。
実は河川の底。
そしてゆっくりしていたいけど、横の暗渠の口から響いてくる水音と臭いで、全然ゆっくり出来ない。
なにげに堀川下流部も、河床から見上げることが出来ればこのように見えるに違いないのだが・・・・あそこは河床に降りることが不可能なのである。
見た目で清水音羽川の上を行く臭いとヘドロで河床が覆われているから(涙)。
それに規模も違う。
降りたら最後、登れないと言うことにもなりかねないので、堀川下流部の検索、特に河床部は見合わせているのが現状である。

いつもと違う養老田川の顔がのぞけたような気がする。
が、相変わらず・・・下水の臭いが嫌な感じでした。

養老田川・四条川合流点(完)
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